第5話

帰りの車中。
ゆりね「楽しかったわね〜!今度は温泉に行きましょうよ!(そろそろ本気を出して佐藤さんの心を掴まなくちゃ♡)」
佐藤は昨夜からのきなことの一件を思い返していて、ゆりねの言葉は耳に入っていない。










今朝の至近距離からのきなこ姿に思いが至った時、突然佐藤の鼓動が高鳴る。











佐藤(な――なんだ……鎮まれ……鎮まれ……)焦って押さえ込もうとすればするほど顔が火照る。
ゆりね(えっ……!?)










ゆりね(きゃーーー♡佐藤さんが私との温泉旅行を想像して照れてるー!佐藤さんいつの間に私のことを?……あっ、さては昨夜の私のセクシーな寝顔に落ちたのね♡私の美貌、グッジョブ、グッジョ〜ブ!)








別荘から帰ってきて以来、仕事をしながらも頭の中がきなこでいっぱいな佐藤。









佐藤は考える(この症状は……まさか俺は本気できなこのことを⁉︎……ダ、ダメだ、やめておけ、きなこはモナカが好きなんだ。今ならまだ引き返せる……そうだ、きなこにはもう会わないようにしよう。そうだ、それがいい……)











ゆりね「パパ、ママ、私結婚します」
父「おおそうか!高校の時からモナカくんのことが大好きで、先方に頼み込んで早々に婚約しておいたんだからな」
ゆりね「あんな浮気者もう関係ありません。私が結婚するのは別の人です!」









数日後、ゆりねから電話がくる。
ゆりね「明日またお願いできるかしら?急だから無理かしら?」
佐藤「明日⁉︎……だ、大丈夫だ、行ける!」きなこにはもう会わないようにするという先日の決意とは裏腹な言葉が勝手に口から出る佐藤。










佐藤「ああっ⁉︎しまった!俺、なぜ断らなかったんだ⁉︎ま、まぁいいか……きなこに会うのは明日で最後にしよう。モナカといる時のきなこの幸せそうな顔を見れば、気持ちの整理もつけやすいしな……」











翌日。温泉旅館に到着。

ゆりね「着いたわ。さっ、入りましょう!」佐藤の腕を引く。
佐藤「ん……?モナカ達は?」
ゆりね「あの2人は来ないわ。今回は私達だけで楽しみましょう♡」










佐藤はゆりねの腕を解く「帰ろう」
ゆりね「え⁉︎」
佐藤「モナカがいないなら復讐にならないだろ。しかも2人で宿泊なんて……まさかゆりねは俺のことが好きなのか?そうならもう会えないよ」










佐藤はスタスタと駐車場に歩いていく。
ゆりね(え⁉︎ 私が貴方を好きだともう会えないって?え?なに?私、振られたの⁉︎ 私のことを好きじゃない?ダ、ダメよそんなの!……私はこんなに貴方を好きになってしまったのに……いいわ、こうなったらどんな手を使ってでも絶対に貴方と結婚してみせるわ!)










ゆりねは気持ちを切り替え佐藤を追いかける。ゆりね「い、嫌ね、勘違いしないで!私が貴方を好きなわけないじゃない!」
佐藤「それはそうだよな……つい流れで失礼な事を言ってしまった。申し訳ない」










ゆりね「これはビジネスよ!私と結婚してくれたら貴方の借金は家が返すわ。その代わり貴方には家の跡取りになってほしいの。win–winの関係よ。取引だもの、好きだ愛だのの話ではないわ!」佐藤「なんだ、そんな思惑があったのか……すっかり騙されてたな」驚く佐藤。










佐藤「まぁ、とにかく帰ろう」と歩き出す。佐藤(それにしても……自分の借金を婚家に返済してもらうなんて、そんな恥さらしなこと出来るかよ……)ゆりねの突拍子もない計画に呆れため息をつく佐藤。ゆりね(な、なんとか乗り切ったわ……)ホッと胸を撫で下ろす。












ゆりね自宅。

ゆりね「パパ、ママ……私が幸せになるには2人の応援が少し必要みたいなの……」
父「大丈夫だ、パパとママに任せておきなさい。今度その彼を家に連れてきなさい」












ゆりね「私がいつも佐藤さんにお世話になっているって言ったら、両親がぜひ挨拶したいって言ってるの!」
佐藤「いや、いいよ……俺べつに世話なんかしてないし……」嫌がる佐藤を強引に家に連れて行くゆりね。









ゆりね「パパママ、佐藤さんです」
佐藤「は、はじめまして佐藤です」仕方なしに挨拶する佐藤。
父「やぁ佐藤くん!いつもゆりねが世話になっているそうでありがとう!佐藤くんと少し話があるからゆりねは下がってなさい」
ゆりね「はい」










ゆりねが部屋出ていくと、突然ゆりねの両親がひざまづきオイオイと涙を流す。
父「佐藤くん頼む!ゆりねと結婚してやってくれ!結婚してくれたら私の会社と全財産を君に譲る!好きに使ってくれていい!この家を、いや、この老いぼれた哀れな私達を助けると思って……佐藤くん!どうかこの通りだ!」
母「ゆりねは婚約を破談にされた可哀想な子なの、お願い……お願いします……」











この家にとっていかに佐藤の力が必要かを小一時間説得され、ようやく解放される。
両親「佐藤くん!またいつでも遊びにきなさい」「待ってるわ」
ゆりね「ずいぶん長く話していたのね。パパとママは何か言ってた?」
佐藤「い、いや特に……」疲れ果て言葉が出ない。










佐藤(はぁ〜ビックリした……しかし財閥の後継者問題というのも切実なんだな……だからといって俺に頼まれてもな……)佐藤はあてもなく歩く。










気がつくと佐藤はきなこの家の前に来ていた。
佐藤(あっ……しまった!足が勝手に……何やってんだ、俺……)き










佐藤が戻ろうとしたその時、きなこが買い物から帰ってくる。慌てて物影に隠れる佐藤。
そこへモナカが車でやってくる。
モナカ「きなこさん!早く、早く乗って!」
モナカの声がけに、きなこは血相に変え車に飛び乗る。











車は猛スピードで走り出す。2人のただならぬ様子に佐藤はすぐにゆりねに電話をする。
佐藤「悪いが今モナカがどこに向かっているのか、それとなく聞いてくれないか?」
ゆりね「了解、お安いご用よ♡」













程なくしてゆりねから折り返し電話がくる。
ゆりね「モナカは今、山の上病院に向かっているそうよ」
佐藤(……病院???)









佐藤も急いで病院に向かう。そして特別室の廊下で医師から説明を受けているきなこ達を見つける。










佐藤はきなこに病気で入院している弟がいたことを知る。完治させるには高額な治療費がかかる深刻な病気だった。きなこがそんな大きな事情を抱えていたことを全く知らなかった佐藤はボーゼンとしながら病院を後にする。








その時突然閃く。佐藤(……か、金か!!!そうか!きなこの弟の治療費をモナカが出しているのか!きなこは……金のためにモナカと付き合っているんだ……きなこはまだ若く人生これからという時に……)弟の命を助けるには自分の幸せや楽しみを投げ出すしかないという思いに至ったきなこを不憫に思う。












佐藤(金だ!金さえあればきなこを自由にしてやれる!)すぐにでも金を用意してあげようといきり立つ佐藤だったが、既に膨大な借金を抱える自らを顧みて冷静になる。佐藤(これ以上借金を重ねたら……)最悪、身の破滅も覚悟しなければならない。
その時ふと、昼間のゆりねの両親の必死な願いを思い出す。
佐藤(……もしも俺がゆりねと結婚したら……)













熟考を重ねた2日後、佐藤はゆりねを呼び出す。
ゆりね「佐藤さーん♡」(佐藤さんからのお誘いなんて初めてで嬉しい!)とウキウキ。







佐藤「ゆりねにひとつ確認したいことがあるんだが……」ゆりね「あらなにかしら?」佐藤「この前の取引の話だが、ゆりねは愛のない結婚でもいいのか?ゆりねは女性だからそんな結婚、本当は嫌なんじゃ……」
ゆりね(え?まさかの結婚話⁉︎ここは話しを合わせなくちゃ……)「い、嫌な訳ないわ!」









ゆりね(チャンス到来だわ!絶対に結婚までこぎつけなくちゃ!)
ゆりね「愛なんてなくて結構よ。私としては家を存続させるため後継ぎさえ産めればいいの。愛のない結婚なんて財閥ではごく普通なことよ。もちろん私たちの結婚も例外ではないわ」









佐藤(そうなのか……ゆりねがそういう気持ちなら……大丈夫……か……)
ゆりね(そうよ~!結婚さえしてしまえばこちらのものよ!貴方に深く愛される自信しかないっ♡すぐに『ゆりね命!』にさせちゃうから、覚悟してらっしゃ~い!)









ゆりね「あ、そういえばモナカ、明日彼女を結婚相手として正式にお父様に紹介するそうよ」
佐藤(な、なにっ!明日⁉︎)









佐藤は決意する。
佐藤「ゆりね、取引成立だ……結婚しよう」









佐藤(これでいい……きなこの弟の治療費を取り急ぎゆりねの家から工面してもらおう。その代わり、ゆりねと後継ぎを作りその子が会社を継ぐまでの間、俺がゆりねの両親の会社で精一杯働き借りた分の金を返していこう)









佐藤は急展開となった今後の自分の人生を自宅で整理した後、きなこの家を訪ねる。









きなこ「さ、佐藤さん!どうしたんですか⁉︎」
佐藤「やぁ……きなこ、夜遅い時間に突然申し訳ない……」








佐藤「きなこ、金のことは俺に任せろ。だから――きなこはモナカとの結婚はやめるんだ。好きなように自由に生きるんだ。わかったか?」
きなこ(えっ?)






佐藤はそれだけ言うと「じゃあ……」と去ってゆく。
きなこ(???……佐藤さん……?)









ゆりね「パパ、ママ〜!彼が結婚を決意してくれたわ!夢みたい!いったい彼にどんな話をしてくれたの?さすが私のパパとママだわ!本当に本当にありがとう!愛してる♡」
父「ハハハッ、私の辞書に不可能の文字はないさ」









朝。きなこ目が覚める。
きなこ(昨晩佐藤さんが訪ねて来て……お金のことは任せろって……弟の治療費のこと?違うわ、だって佐藤さんが弟のことを知るばずないもの……ってことは夢?ああ、私、夢を見たのね。佐藤さんにひと目会いたいという願いが夢の中で実現したのね……)









モナカの家。父親の書斎前。
モナカ「緊張しないで大丈夫だよ」
きなこ「は、はい……」











モナカ「お父様、彼女が僕の結婚相手です」
きなこ「はじめまして、きなこと申します。どうぞよろしくお願いいたします」









父「約束の2週間はとっくに過ぎてる。予定通りゆりねと結婚しろ!」
モナカ「そ、それは、きなこさんの弟が病気なので猶予を伸ばして欲しいとお話ししたはずです」
父「私は了解していない」
モナカ「えっ⁉︎」









モナカ「嫌です!結婚だけは、結婚だけはお父様の言いなりにはなりません!きなこさんとの結婚をお許しください!」と父親の足元に膝まづき懇願する。父「お前は私に逆らう気か!?この馬鹿者が!!それならいつものように分かるまでこうするまでだ!」







モナカはゴルフクラブで父親にひどく殴られる。
目の前の状況に驚くきなこ。









きなこは無抵抗にしているモナカと父親の間に咄嗟に入りる。
きなこ「やめてください!」身を挺し父親の攻撃からモナカを守る。
父親は仕方なく攻撃をやめる。










父親が部屋から出ていく。
きなこ「ひどいわ、こんなに傷だらけになって……大丈夫?……モナカさん……モナカさん」きなこは泣きながらモナカを抱きしめる。
モナカはハッとする。
モナカ(お、俺の為に泣いてくれるのか……)
モナカ「きなこさん、俺は大丈夫だよ。こういう時のために体を鍛えてるんだから」










それでもきなこは泣き止まずモナカを抱きしめる。生まれて初めて自分の味方をしてもらえたモナカ。モナカの胸に温かいものが満たされていく。モナカ「きなこさん……ありがとう……ありがとう……」














モナカ達が去った後、書斎に戻った父は写真たてを手に涙ぐむ。
父「許せモナカ……お前に私と同じ過ちをさせる訳にいかない。心優しい庶民の女には財閥の嫁は荷が重すぎる……私が金にものを言わせ意固地な結婚をしたせいで、お前の母親は日に日に衰え、お前を産むと同時に逝ってしまった。私のような寂しい人生をお前にさせる訳にはいかない……」














数日後。佐藤とゆりねのデート。

ゆりね「ママが急いで結婚の準備をしなさいって。だから今日は色々と周るわ。と、その前に、パパが行きつけのレストランを予約してくれたからまずは腹ごしらえをしましょう!」
















超高級レストラン。
ゆりね「ん〜ん♡やっぱりここの料理はいつ食べても最高!」
佐藤は食べながらも壁の鹿の剥製が気になる。佐藤(まさか、この肉は君……の?)












超高級ジュエリーショップ。
ゆりね「パパがお金を出してくれるから、どんな結婚指輪がいいか下見をしておくように言われたの。ふふふ、この店で1番高価なものにしちゃおうかしら〜♡」
佐藤は店の全ての値札の0数の多さに驚く。









超高級ホテルのブライダルショップ。
ゆりね「これはどう?それともさっきの方がよかったかしら?それとも~」
佐藤は「ゆりねはスタイルがいいからどれも似合うよ……」
ゆりね「この際、新作は全部試着したいわ♡いいかしら?」
佐藤「……あ?ああ、せっかくだから着てみるといい……」











1日がかりのデートが終わり自宅に戻った佐藤。いつにない疲労感にドサッとベッドに横たわる。



~第6話につづく~