第1話

前作【ヘリウムガスと秋の空】から3ヶ月後
佐藤(あっ!)慌てて近くの電柱に身を隠す。








高鳴る鼓動とともに電柱の陰から顔を出す佐藤。









佐藤(違った……そうだ、この街にくるみがいるはずないんだ……)安堵と失望の入り混じったような複雑な感情が佐藤の胸に広がる。








消費者金融を退職後この街に引越し、再び本業である設計事務所の起業に向け、がむしゃらに働いていた佐藤。その間くるみのことを思い出すことはなく、くるみへの想いは完全に断ち切れたと思っていた佐藤は大きなショックを受ける。








【その日の夜】
佐藤はバーに行き、自分の中にまだ残っていたくるみへの想いをアルコールで洗い流すかのように浴びるほど酒を飲む。







意識が混沌とし、くるみの姿を思い描けなくなったところでようやく店を出る。
佐藤(あ〜完全に酔っぱらった――3か月ぶりの酒は効くな……)








男「えーいいじゃん、俺たちと遊ぼうよー」
女「やめてください!」
佐藤(ん? 何だ?)振り返ると、暗闇で女が男2人に絡まれている。








佐藤「おい! おまいら ヤメロ! 嫌がってるだろ!」と助けに入る。








佐藤は男たちの手をガッチリ掴むと「もう大丈夫だ、今のうちに逃げなさい……」と振り返ると――









そこに立っていたのは――くるみだった!








くるみの姿に気を取られた佐藤の力が一瞬ゆるむ。その隙をついて「今だ!やっちま!」と男たちが殴りかかってくる。佐藤は殴られながらプチンと切れ。(よくも俺の女に怖い思いをさせてくれたな!)








佐藤は容赦なく2人をたたきのめす。








男たち「つ、強えーな、コイツ」
勝ち目がないとわかると、男たちは佐藤の足を同時に掴んで地面に倒「今だ!」と逃げていく。








男たちが去ると、電柱の後ろに隠れていたくるみが泣きながら出てくる。
佐藤「!――逃げなかったのか! 大丈夫か? ケガはないか?」くるみが頷く。
佐藤(ああ……よかった)








「怖かったろ、こっちへおいで」と佐藤が言うと、くるみが泣きながら近寄ってくる。
佐藤「そんなに泣かなくても大丈夫だ、ほら、この通り」とヒョイっと体を起してみせる。










体を起こすと、自分を心配して泣くくるみの顔が間近に迫り――佐藤は思わずその頬にキスをする。










不意打ちのキスに恥じらう姿が愛しくて、佐藤はあらためて優しく情熱的なキスをする。
佐藤(……くるみ……愛している)







佐藤は最高に幸せだった。
佐藤(くるみのことは俺が一生守るから安心してろ……)優しく抱きしめた肩をポンポンと叩く








――目が覚める。








佐藤(――なんだ夢か……ん? 病院?)









佐藤(――帰るか……)ふと腕を見るとケガをしている。
佐藤(……あ?)








病院からの帰り道、頭を整理する佐藤(酒を飲んで――酔っぱらってケンカして?――倒れて病院か?……)








(うっ……)くるみとのキスを思い出す佐藤。
佐藤(――あそこから夢か……ま、まぁ当然だな、この街にくるみがいるはずないんだから……しかし、あんな夢まで見るなんて――俺は……)佐藤はこの時、自分の心や思考は自らの意志でどうこうできるものでないことを悟る。









観念した佐藤は天を仰
佐藤「もういい……どうにでもなれ……」と、自分の心をコントロールしようとする気持ちを手放した。









背後から「佐藤さん!」と呼び止められる。
佐藤(ん?)
女「私が売店に行っている間に帰ってしまったと聞いて。病院で名前と住所を教えてもらいました」
佐藤「んん? 君は誰?」










女「私、昨晩佐藤さんに助けてもらった、きなこと申します。お礼をと思って目が覚めるのをずっと待ってて――ありがとうございました!」
佐藤(?ああ……そうか、女性を助けてケンカしたんだ……)うっすらと記憶が戻ってくる。
佐藤「あ、いや、当然のことをしたまでですから礼には及びません……あ、ということは、きなこさんが私を病院に?」








きなこ「はい、佐藤さんは……」急にモジモジし顔を赤らめる。
きなこ「佐藤さんは私に、キ……キスをしてくれた後、急に意識を失なわれて……」
佐藤(キ、キスーーー⁉︎じゃあ、あれは夢ではなかったのか……)








きなこは「じ――実はあれ、私の、ファ、ファーストキスなんです」顔を真っ赤にしながら告白する。
佐藤(ファ、ファースト……⁉)――その言葉に打ちのめされる。








佐藤(俺はなんてことをしてしまったんだ……人違いでキスを……しかもあんな情熱的な……)佐藤はことの重大さに頭を抱える。










きなこの顔がますます赤くなる「それで……あ……あの……あの……も、もしよかったら、私と――付き合ってくださーーい!」
ビンタを覚悟をしていた佐藤は、きなこの予想外の言葉に目が点になる。











佐藤「君のファ――ファーストキスを奪ってしまったことは本当に申し訳ない。でも今の俺は君と付き合うことはできないんだ、本当にごめん」
きなこ「――そうですか……」しょんぼりする。






きなこ「……ではあのキスの意味は?……」
佐藤「あ、あれは……あんまり泣いてて可哀そうだったから、気持ちを落ち着かせてあげようと思って」なんとか言い繕うが罪悪感が 半端ない佐藤。
きなこ「そうだったんですか……あの、もしかして彼女さんがいらっしゃるのですか?」
佐藤「いや、今は精神的にも経済的にも彼女をつくる余裕がなくて……」







きなこ「よかった〜彼女さんがいるわけではないんですね!……な、ならば、大変不躾なお願いなのですが、少しの間だけでも彼氏役をしてくれませんか?そしたら――ファーストキスを奪った件は許して――あ、あげます︎!」







きなこ「お願いします……どうか、どうか……」うるうるした瞳で佐藤を見つめる。
佐藤(うっ、そんな表情でお願いされると……弱ったな。しかし……うら若き乙女の大切なファーストキスを奪ってしまった罪は大きい、ここはきちんと償わないと……)佐藤は観念し、彼氏役を引き受けることを約束する。







【きなこ部屋】
きなこ「キャー!佐藤さんにOKもらっちゃったー!自宅で仕事しているから、好きな時に家に来ていいって~♪」







翌日さっそくきなこは佐藤の部屋に行く。そして佐藤の仕事の合間に2人で買い物デートをする。
佐藤「せっかくだからお昼はきなこさんの好きなものを作ろう!きなこさんの好物はなに?」







買い物の帰り道に公園でおしゃべりデート。
佐藤「きなこさんの大好物のクリームソーダが売ってたよ。はいどうぞ」
きなこ「わっ!ありがとうございます」







2人で料理をする。
手際のよいきなこを見て佐藤は「きなこさんは料理が得意なんだね」と覗き込む。







きなこ(わっ!佐藤さんの顔が近い、素敵……)
きなこ「――だ、大好きです!」と思わず心の声が出てしまう。
佐藤(ん?)
きなこ「あっ、り、料理です!私は料理が大好です!」と大慌てで訂正する。







【食後】
きなこ「佐藤さん、どうぞお仕事続けてください!私片付けしちゃいますから♪」
佐藤「ありがとう」







きなこは常に朗らかで愛嬌たっぷりだった。佐藤が思わず――可愛いな、と笑みがこぼれる場面がたくさんある。
佐藤(これじゃまるで新婚さんだな・・・)あきれながらも、久しぶりの明るく穏やかな日々にまんざらでもない佐藤。







1ヶ月ほど経過した日の、買い物からの帰りの道。
佐藤「きなこさん、彼氏役としてなにか要望があれば遠慮なく言ってくださいね」
きなこ「あの……では――き、きなこって呼び捨てにしてくださいっ!あと、もっと気楽な口調で……」
佐藤「あはは、OK!他には?どこか行きたい所とかある?」
きなこ「え?じゃあ……海に――海に行きたいです!」







佐藤「ああそうか、海か。――実は来週午後から時間が作れそうなんだけど、海に行くには時間が遅いかな?」
きなこ「いいえ!行きたいです。夜の海もロマンチックです!」きなこは大喜びする。







海に行く約束の日。

取引先で、すぐ終わる予定の仕事にトラブルが発生する。
佐藤は時間を確認する(まずいな……)きなこは携帯電話を持っていないので連絡がとれない。







きなこ「えへへ、お弁当作っちゃった……♪佐藤さん喜んでくれるかな?」







なんとかトラブルを解決し取引先を急いで出たが――
同僚「なんだよ~!事故渋滞かよ~せっかく猛スピードで仕事終わらせたというのに」
佐藤(……)







きなこ(……佐藤さん……何かあったのかな……)佐藤のことが心配でだんだん不安になる。







会社に戻った時にはすっかり夜になってしまった。佐藤は待ち合わせに行けなかったお詫びをしようと大急ぎできなこの家に走る。







きなこの家のチャイムを鳴らすが留守だった。
佐藤(ま、まさか――まだ駅に⁉)と大慌てで駅に向かう。







案の定、駅のベンチにきなこが座っていた。








きなこの元へ佐藤が駆け寄ると、きなこが佐藤に気づく(あ!佐藤さん)







きなこは思わず佐藤の胸に飛び込む。







その時、佐藤の目に――あの日のくるみの姿が映し出される。
くるみ「私、ずっと待って……」







佐藤(く、くるみ……なぜここに……)
その時――







きなこの姿に戻る。
きなこ「私、佐藤さんをずっと待ってたんです……」







ハッとする佐藤(俺は――きなこをくるみの代わりにしていたのか?)
そんなつもりは無かったが、今現れたくるみの幻想を見て『違う』と言い切る自信がなかった。
佐藤(こんな気持ちのまま、きなこと接するのは、きなこに対して失礼だ……)







佐藤はきなこを体から離す。
佐藤「ごめん、きなこ。これ以上彼氏役はできない……もう終わりにしよう」
きなこ「え!?……」







きなこ「佐藤さん、急にそんな……嫌です……そんなの嫌です」泣いて縋る。
佐藤「……」
その様子を駅前の喫茶店からみている女(あら?いい男――なにかお困りのようね……)

~第2話につづく~