第5話



カカオは帰宅すると、くるみのポシェットを洗いながらシャワーを浴びる。






ポシェットをドライヤーで丁寧に乾かす。






ふわふわを取り戻したポシェット。
カカオ「くるみさん……」優しく撫でる(大丈夫、だってくるみさんは俺の運命の人だから……)カカオの長かった1日が終わる。







翌日。カカオは大型連休中の誰もいない事務所に忍びこむ。






カカオ(俺は知っているのだ。俺が出かけた後、佐藤さんが時々机から何かを取り出し長い間それを見つめていることを。佐藤さんの隠し事が――ここにある――)






カカオは佐藤の机の引き出しを開けていく。






一番下の引き出しの奥に、隠すようにしまわれてる箱を見つける。






カカオは箱の中身に驚く。
カカオ(!な、なぜ――佐藤さんがくるみさんとくるみさんの元カレが写った写真を持っているんだ⁉︎)






カカオ(あっ! そうか……佐藤さんはくるみさんの元カレの友人なのか……佐藤さんは友人の消息を知っていて、それをくるみさんに伝えたのか! それでくるみさんが取り乱して泣いたり、佐藤さんが抱きしめて慰めてあげていたんだな)





カカオ(でも……俺に秘密にする理由は?)






カカオ(……あっ!俺が今カレだからか)
自分の最低最悪な想像が誤解だったとわかりホッと胸を撫で下ろすカカオ。







カカオ(くるみさんの様子からすると相当ショックな知らせだったんだろうな……)
カカオはくるみを少しでも元気づけようとくるみの大好きな苺のケーキを買う。






カカオがくるみの家を訪ねる。
くるみ「カカオさん! どうしたのその顔!」
カカオ「えっ? ああ……そうだった、ひどい顔だよねごめんね。昨日ちょっとね……はい、これ」






カカオ「あの――実は今日はくるみさんに聞きたいことがあって来たんだけど、いいかな?」
くるみ「……はい」






カカオ「……あの写真の元カレさん――見つかったの?」
くるみの体がビクッと大きく揺れる。
カカオ「やっぱり見つかったんだね。その人――亡くなってたの?」
くるみは答えず俯いたまま泣き出す。
カカオ「そっか残念だったね」
くるみはますます泣いてしまう。







カカオ「く、くるみさんごめん! ひどい言い方をして――でも、もしその彼が生きていたら俺、くるみさんに捨てられちゃうと思ってたから。ひどい男かもしれないけれど俺……」
くるみ「違うの、違うの……カカオさんごめんなさい……ごめんなさい……」






カカオ「えっ⁉︎……」






事の一部始終を聞かされたカカオは放心状態でくるみの家を後にする。
カカオ(探していた元カレが佐藤さん?……整形して彼女を守った?……)







カカオ(クソッ! なんでよりによって佐藤さんなんだ。くるみさんは純粋な人だ、自分に火の粉がかからないよう姿を消した佐藤さんの深い愛を知ったからには、佐藤さんに向かう心は隠さなかった筈だ……くるみさんはその話をしながら何度俺に謝っただろう……)






カカオは絶望する。
カカオ(佐藤さんだって男だ……くるみさんにあんな目で見つめられたら――くるみさんを置いて帰ることなんて……出来なかっただろう)






カカオの脳裏に2人で一夜を過ごした妄想が湧き起こり、瞬く間に猛烈な嫉妬の炎に包まれる。
カカオ「うわわぁぁぁぁぁぁぁーーーー」







カカオ(やめろっ! その手を離せ! くるみさんは俺の女だーーー!)
妄想に翻弄されるカカオ。






嫉妬の苦しさに悶え苦しむカカオ。
カカオ(くるみさん――苦しいよ――くるみさん――くるみさん……)






三日三晩燃え続けた嫉妬の炎に憔悴するカカオ。
カカオ(もう――ダメだ……誰でもいい――俺を助けて……)






すると、どこからともなく声が聞こえる。
カカオ(え?……くるみさんを手放せばこの苦しみから解放されるの?……)




くるみと過ごした日々を思うカカオ。
カカオ(無理だ――こんなに好きなくるみさんを手放せるわけない――くるみさんと別れるくらいなら苦しくたって構わない……耐えてみせるさ)
そう決心すると今度はくるみへの恋しさが募る。






カカオが嫉妬に苦しんでいた3日間、くるみも同じく眠れない日々を過ごしていた。
クロが自分を嫌って姿を消したわけではないという事実がくるみの心を大きく揺らした。ならば、何もかも失いひとり寂しく生きるクロのそばについていてあげたい、という衝動が沸き起こるのを必死の思いで抑えていた。
くるみ(――私はカカオさんの婚約者。カカオさんを裏切ることはできない――そんな事は許されない……)




翌日カカオがくるみに会いに来る。
くるみ(そうよ……こんな優しいカカオさんを悲しませてはダメよ――クロさんへの気持ちは――収めよう……)
そう心を決めたくるみはカカオに心配をかけないよう懸命に笑顔を作る。
カカオ(く……くるみさん……)






カカオはスクッと立ち上がり、くるみの手をとる。
カカオ「くるみさん! 今からデートに行こう!」
くるみ「は……はい」






2人は賑わう繁華街に行く。カカオはくるみにベタベタする。
くるみ「カ、カカオさん――人が見てるわ」困惑するくるみ。
カカオ「いいの、いいの! わざと見せつけてるんだからー」とより一層ベタベタし、顔をスリスリする。






屋台の前。
カカオ「あはは、くるみさんコレ似合うよ〜! ククククッ」
カカオの楽しそうな笑顔を見ると、どうしてもひとり寂しく過ごしているだろうクロのことが頭をよぎる。その度くるみは(考えてはダメ……こうしてカカオさんと過ごしていればいつかクロさんを忘れられる日がくる……大丈夫、大丈夫)と呪文のように心の中で唱え、そして笑顔を作る。





2人は少し高級なレストランでランチをする。
カカオ「くるみさん、好きなものを食べてね!」
くるみ「はい――ありがとうございます」
くるみ(こうしてカカオさんに集中していれば大丈夫よ、大丈夫……)カカオの優しい笑顔に応えるようにくるみも笑顔を作る。






カカオの提案でブライダルショップに立ち寄る。
カカオ「くるみさん! 俺がドレスを選ぶから着てみてよ!」
くるみ「え?……」
カカオ「結婚式までにたくさんドレスを試着してみたほうがいいよ! 俺もくるみさんの色々なドレス姿を見たいし。ねっいいでしょ?」
くるみ「は、はい……」






くるみの試着中カカオが店員に耳打ちをする。すると、店員がパッと笑顔になる。暫くして試着が終わりカカオにお披露目される。カカオは眩しい目でくるみを見つめる。
店員「まぁ! とてもよくお似合いだわ、ぜひショップ用に写真を一枚撮らせてくださいね」くるみは照れながら写真におさまる。






ブライダルショップを出る2人。
カカオ「……すっかり暗くなっちゃったね、じゃあそろそろ……帰ろうか?……」
くるみ「はい……」






カカオはくるみを送っていき荷物を部屋に入れる。
カカオ「くるみさん、今日は一日付き合ってくれてどうもありがとう……」
くるみ「こちらこそ、こんなにたくさん買ってもらって、ありがとう……」






その時、カカオがくるみをスッと抱きよせる。くるみ(……?)







カカオ「くるみさん……俺たち、別れよう……」
くるみ(――えっ⁉︎)








カカオはくるみを胸から離し、くるみの目を見て言う。
カカオ「くるみさん……自分の気持ちに正直に本当の笑顔で生きて」と小さな紙切れをくるみの手に握らせる。
カカオ「俺はくるみさんに出会えてとても幸せだったよ。どうもありがとう……」カカオはそう言うと、踵を返し部屋を出ていく。






くるみは呆然と立ち尽くす。






カカオから渡されたメモに目を落とす。佐藤の住所が書かれている。






くるみの全身の力が抜けその場にしゃがみ込む。そして気づく。
くるみ(カカオさんは私の気持ちがクロさんに揺れてしまったことを知っていたんだ……)
くるみは自分の優柔不断な態度と気持ちがカカオを深く傷つけてしまったことを知る。






ひとり暗闇の中にいた自分を救い出し、たくさんの幸せを与えてくれたカカオに対し申し訳なさすぎてくるみは泣いた。
くるみ「ああ――ごめんなさいカカオさん……ごめんなさい――ごめんなさい――カカオさん……ああ……」






 

カカオくるみの家を去る。
カカオ(俺の存在がくるみさんを苦しめている……くるみさんは佐藤さんの元へ飛んで行きたい気持ちを押し殺し、俺を選んで留まってくれた――その気持ちだけで十分だ――このまま結婚することもできたけど……お互い幸せにはなれない……)





カカオは帰宅途中、先程のブライダルショップに立ち寄る。ショップから出てきたカカオは一枚の封筒を持っている。それは先程カカオが店員にお願いしていたものだった。






部屋に戻るとカカオは封筒から写真を取り出す。写真には少し照れてるウエディングドレス姿のくるみが写っている。カカオの目に涙が溢れる。
カカオ(……俺が愛した人、幸せになれ……)







【翌日 午後3時】
佐藤の携帯電話にメッセージが入る。
カカオ「俺、くるみさんと別れました。くるみさんに佐藤さんの家を教えたので、そのうちくるみさんが訪ねて行くと思います。くるみさんをよろしくお願いします」





佐藤(カカオお前……)
プロポーズが成功し、事務所に現れた時のカカオの嬉しそうな顔が浮かぶ。佐藤の胸が痛む。






 

一方、あの晩、側にいて欲しいと懇願して泣いていたくるみの姿がよみがえる。






佐藤(くるみとこんな形で再会したのは運命なのか?……)そう思うと、くるみと別れて以来ずっと冷たかった手に温もりが戻ってくる。それを不思議な気持ちで眺めながらも、この先の自分の行動の正解がわからずその場に佇む佐藤。







カカオの友人と偶然出会う。日が暮れている。
カカオ友人「佐藤さん、どうしたんですかさっきから自分の手をじっとみつめて」
佐藤「?――ああ、君たちはカカオの――」
カカオ友人「カカオ――なんか失恋しちまったみたいでひどく落ち込んでて、今酒で慰め中なんです」






カカオ友人「アイツ自分が担当する女に一目惚れしてなー」
カカオ友人「そう、ビビビってきたって言ってたな」
カカオ友人「その彼女が悪いところに売り飛ばされそうになった寸前で救い出し――」







佐藤(え?……)
カカオ友人「その彼女の借金を内緒で補填するため、寝る間を削って金を工面して――」






カカオ友人「カカオのそんな献身、彼女は知る由もないから付き合える保証もないのに。彼女が少しでも早く幸せになればそれでいいんだ、とかなんとか柄にもないこと言ってなー」
カカオ友人「体は相当キツイだろうにアイツ毎日ホント嬉しそうで――」






カカオ友人「そんなに大好きな彼女だったのになんで別れちまったんだろう? 佐藤さん何か知ってますか?」
カカオ友人「あれ? 佐藤さん行っちゃった」「なんか顔色悪かったな……」
佐藤(……俺は……なんてことを……)






佐藤(……俺が……俺がくるみを竹中事務所に送り込んだのだ!)
佐藤は自分を呪う。体の中から何かがこみ上げてくる。





佐藤は口を一文字に結び、両手を力いっぱい握りしめ、脇目もふらずズンズン歩く。
佐藤(!くるみは――くるみは俺を探す為に闇金に手を出したのか!)






佐藤は人けのない夜の河川敷につくと四つん這いになり、込み上げてくる胃液を何度も吐き出す。
佐藤(……全ては……俺のせいだ……)






佐藤「うぉぉぉぉぉーーーーーーーー」
その夜、佐藤は額を地面に擦りつけ手が腫れるほど地面を叩きつけながら、涙が枯れるまで泣き続けた。






くるみはカカオが去ってしまってから、カカオの残した言葉『自分の気持ちに正直に……』をずっと考えていた。カカオを悲しませてまでクロに向かったこの気持ちは愛情なのか? それとも……? そして3日後くるみはついに決心する。くるみ(やっぱりクロさんに会おう――そして確かめよう、クロさんは自分はもう大丈夫と言っていたけれど、それが本当なのか、それとも優しい嘘なのか……)






夕方くるみが佐藤の家を訪ねる。
佐藤「こんなところまで何しに来た」
くるみ「あっ、あの……カボチャの煮物作りすぎちゃったから……」
佐藤の不機嫌そうな様子に戸惑いながら答えるくるみ。






佐藤「くるみ悪い、あの夜話したことは全て作り話だ」
くるみ「え?」






佐藤「くるみと別れた本当の理由は――他に好きな女性ができたからだ。取引先の女性で、だめだと思いつつどんどん彼女に惹かれてしまった……彼女と一緒になりたかったが、当時のくるみは俺にべた惚れで、簡単には別れてもらえないとわかっていたから卑怯だと思ったが姿くらました。






その後、くるみがいつまでも俺を探し回っていると知り、面倒に思い見つからないよう整形をした。整形をしてまで彼女との穏やかな結婚生活を守りたかったという訳だ」






くるみ(けっ……結婚!?)





くるみ「――結婚――してるの?……嘘……」
佐藤「嘘じゃないさ、本当だ」
くるみ「じゃあ……なぜ、あんな作り話を?」佐藤「あ――あれは久しぶりに会ったくるみがキレイになってたし、突然姿を消した罪悪感もあったしな……






実は今、妻が出産のため里帰り中で。その間に少しくらいなら遊んでやってもいいかなと適当な作り話を思いついた。まぁ――男の性だな






だがカカオという婚約者がいるのに、こんなに本気で向かってこられると正直困るよ。冗談だったとはいえ悪かったな。俺のことはもう忘れてくれ」






言い終わるや否や佐藤は部屋に入りドアを閉める。






佐藤はドアの裏で少しずつ遠ざかるくるみの足音を聞いている。
佐藤(3年前にこうして嘘をついてでもくるみとしっかりと別れてやればよかった。俺が弱くて決定的な別れを恐れたばかりに、くるみを3年間も苦しめる羽目に――くるみ、すまなかった――俺が悪かった……許してくれ)






くるみの足音がすっかり聞こえなくなると、佐藤はドア裏に崩れ落ちる。佐藤(半年もすれば俺のことなど忘れると思っていたのに――くるみは――くるみは3年も……ずっとひとりで俺を探して……)くるみの3年間を無駄にしてしまった後悔の中に光の粒が現れる。(会えなくてもお互い強く想い合っていた3年間だった……)佐藤は湧きあがる想いに耐えきれず声を押し殺して泣く。(ああ、――くるみ、俺は十分だ……十分幸せだ……ああ、俺の愛しいくるみ――くるみ、カカオと幸せになれ……どうか、どうか幸せに……)

〜第6話につづく〜