第6話

くるみは放心状態で街を彷徨う。






【居酒屋】
カカオ「……くるみさんは悪くないんだ。俺がいけないんだ……捨てられても3年も元カレを思い続けているくるみさんが不憫で、無理に引き剥がしにかかった。くるみさんが純粋なのをいいことに一気に事を進めて――いや、違う、俺がくるみさんを好きになり過ぎて……歯止めが効かなくなったんだ。自業自得だ……」






カカオ「おまいら、今日も付き合ってくれてありがとな! また明日もよろしくな!」
友人「ああ、カカオまた明日な。しっかり寝るんだそ!」カカオ「おう!」






大酔っ払いでひとり歩いての帰り道。
カカオ「これで今夜も寝れそうだな……」背後の車のクラクション音に気づく。






放心状態のくるみは、車道に入ってしまったこともクラクション音にも気づかない。






カカオ「危ないですよ!」
車道を横切ろうとしている人の体を咄嗟に引いて助ける。






顔を見るとくるみだった。
カカオ「く、くるみさん!」
カカオの酔いが一気に覚める。






何が起きたのかわかっていない様子のくるみは再びフラフラと歩き出す。
カカオ「くるみさん待って!」
カカオの声が聞こえないくるみ。





カカオは慌てて追いかけ、くるみの腕を引く。
カカオ「くるみさん! こんな夜にひとりでどこに行くの? 危ないよ!」





腕を引いたのがカカオと気づくとくるみは「離して! お願い、ついてこないで」と強い口調で言い去ってゆく。
カカオ「くるみさん……」ボー然とする。






くるみ河川敷に辿り着く。






くるみは草むらに両膝をつくと、堰を切ったように声をあげて泣く。






あまりに泣き過ぎたためくるみは過呼吸になり苦しむ。






くるみに気づかれないように後を追って様子を見守っていたカカオ。くるみの異変に駆け寄る。






カカオ「くるみさん! 大丈夫だよ。できるだけ息をゆっくり吐いて……そう、上手だよ……」
くるみは泣きながらも、カカオの言う通りにし過呼吸は治まる。






今にも消えていなくなりそうな様子のくるみ。カカオは堪らずくるみを強く抱きしめる。
カカオ「くるみさん……俺はどんなことがあってもくるみさんの味方だよ……」
くるみにはもう抵抗する力はなく、カカオに抱きしめられたまま力無く泣き続ける。






カカオは夜空を仰ぎ懇願する。
カカオ(ああ……お願いです。どうか……どうか僕にくるみさんを守らせてください!)






【長期連休明け 事務所】
カカオ「佐藤さん!」カカオは怒りに燃えていた。
カカオ「二人の間になにがあったか知らないですが、くるみさんをあんな状態で放っておくなんて、いくら佐藤さんといえども許せません!」






カカオ「俺は今日でここをやめさせてもらいます! くるみさんは俺が守ります! 二度とくるみさんに近づかないでください!」
物凄い剣幕で佐藤の机に辞表を叩きつけ去っていく。






くるみ(私は抜け殻になった……。そんな私の隣にカカオさんはずっとついていてくれた。私があんなに泣いた理由も気になるはずなのに一切聞かずただそばにいて、そして時々私の気分が晴れるような場所に連れ出してくれた)






くるみ(だから私も自分の中で少しずつ気持ちの整理をしていけた。わかったことは……クロさんは外見だけでなく、心までも昔付き合っていた頃の優しいクロさんとは別人になってしまったということ)






くるみ(クロさんが消えてしまってからの3年間、クロさんは奥さんと幸せに暮らしていたというのに、私は借金を重ね毎日必死にクロさんを探し続けていた……なんて愚かだったのだろう)






くるみ(しかも私を捨ててまで結婚した奥さんがいるのに、私と遊んでやろうと思っていたなんてひどい人。それに引き換え、クロさんの作り話にすっかり騙され揺れてしまった私を、責めるどころか……私の気持ちを優先してくれたカカオさん)






くるみ(こんな愚かな私を見捨てずにいてくれるカカオさん。どんな時も私の味方だと言ってくれたカカオさん。私は再びカカオさんに救われた。この恩をカカオさんに返したい……そうだわ、これからは私がカカオさんを幸せにしてあげたい!)






カカオから貰った鉢の花が咲く。






それはカカオからの2度目のプロポーズだった。
くるみ(私は……私はカカオさんを愛しているわ!)






【1ヶ月後】
佐藤「カヌレ、取り立てのイロハは全て教えた。今日は独りで行ってこい」
カヌレ「はい!」






佐藤「明日から新しい上司が来るからしっかりな」
カヌレ「あ……そうだった。俺、佐藤さんがいいっす」
佐藤「まぁそう言うな、今日は始まったばかりだ。カヌレ、いつでも目の前の事に集中するんだ」
カヌレ「はい」






カヌレ「わっ! 事務作業に手間取った、遅刻するー、あっそうだ! 受け取る荷物があるそうで、何か袋かなんかありますか?」
佐藤「ロッカーに紙袋があるからそれを持っていけ」






カヌレは紙袋を取り出すと「行って来ます!」と風のように事務所を飛び出していく。
佐藤「おいおい、ロッカーの扉ぐらいちゃんと閉めていけよな、まったく……」






佐藤はロッカーの扉を閉めようと手をかける。ロッカーの中にヘリウムガスボンベと使いかけの風船を見つける。






佐藤は少し考えてから、ガスボンベと風船を裏庭に運ぶ。






そして机に戻り、退社のための机の中の荷物の整理を始める。






荷物の整理が終わると、裏庭に戻り風船を膨らませ始める。






膨らんだ風船に……カカオの婚約者として突然目の前に現れたくるみの姿が映し出される。






その後、佐藤は記憶に残るくるみの姿を思い描きながら、ひとつずつ丁寧に風船を膨らませていく。






風船は大量にある。それは再会後のくるみの姿から幸せだった恋人時代までさかのぼった。――そうやって全ての風船を膨らませ終える。







佐藤は最後に膨らませた風船の紐に、机から持ち出した箱の中身を結び付ける。






そして全ての風船を持つと――






握りしめていた両手をゆっくりと開く。
大量の風船が一斉に深く澄み渡る秋の空に昇っていく。






太陽の光を受け、キラキラと輝きながら遠ざかっていく最後の風船の紐の先を目で追う佐藤。
佐藤(……今世は……ここまでだ……





……くるみ……)

最後の風船の紐の先には、一生一緒にいようと誓い合った日の記念写真、そして……渡せなかった結婚指輪が結ばれていた。









カカオとくるみの船上結婚式が行われている。






船前方の空に色とりどりの大量の風船が飛んでくる。それを見つけた2人は幸せそうに微笑む。






カカオがくるみにキスをする。






その上空を2つのリングが煌めきながら通り過ぎてゆく。

          ~完~


佐藤のその後のお話へつづく ⇒【猫メロ】ソーダ色のファーストキス