第3話



【消費者金融 事務所】
カカオ「佐藤さん、昨日の用事は大丈夫でしたか?」
佐藤「ああ大丈夫だ、悪かったな」
カカオ「いえ! 佐藤さんの準備のおかげでロマンチックな夜を過ごせました。ありがとうございました!」










【正午】
佐藤「カカオ、昼メシの時間だな。昨日のお詫びに奢るよ、なにが食べたい?」
カカオ「うーんそうだなー」(あっ! 来た来た!)
くるみが事務所に顔を出す。





あまりに突然のことで逃げ出す暇がない佐藤。
カカオ「じゃーん! 実は昨日のお礼にと、くるみさんが佐藤さんにお弁当を作って来てくれましたー!」












くるみ「お口に合うかわかりませんが、よろしかったら召し上がって下さい」






くるみ「はい、カカオさん」
カカオ「え⁉ 俺にもあるの?嬉しいなー、あっ、カボチャの煮物だ! 佐藤さんはねカボチャの煮物が大好物なんだよ。弁当に入っているといつも俺の分を奪い取るんだ」






くるみ「ならよかったー!」と満面笑みを浮かべる。
カカオ「佐藤さん俺のも食べます? くるみさんのカボチャの煮物は世界一おいしいんですよ」









佐藤弁当を開ける。卵焼きも魚も焦げてはなく上手に焼けている。
佐藤(――料理――上達したんだな……)
カカオ「俺はこれからいつでも食べられるからねー!!」








くるみ「あっ、私ったらいけない! 出かける前にお遣いを頼まれていたのを忘れていたわ! もう帰らないと」
カカオ「え? そうなの!? なら車でそこまで送ってあげるよ」










カカオ「佐藤さん俺、くるみさんを送ってきます! 車を借ります!」
くるみ「お邪魔しました、失礼します」
佐藤は弁当を見たまま微動だにしない。









くるみ「私、迷惑だったかしら?佐藤さん一言も喋ってくれなかった……」
カカオ「大丈夫だよ! 佐藤さんは元々口数の多いタイプではないし、きっとくるみさんがキレイだから緊張してるんだよ。もし俺が逆の立場だったら絶対無口になっちゃうもん(笑)」








2人が出ていきシーンとした室内。
佐藤はカボチャの煮物を一口食べてみる。
変わらず美味しくて――そして――とても懐かしい味がした。






もう二度と食べることはないと思っていた、くるみの手料理。
涙で佐藤の視界がぼやける。






【佐藤自宅 夜】
佐藤はベッドに横たわり昼間訪ねてきたくるみを想う。
佐藤(くるみ、3年前よりずいぶん大人びて……綺麗になっていた)








カカオとくるみの仲睦まじい姿を想う。
佐藤(…………)佐藤はくるみに思いを馳せる。佐藤(そういえば……カカオとは最近付き合ったばかりだったな。俺と別れてから……くるみは恋をたくさん恋をしたんだろうな――それに引き換え俺は……)









佐藤はガバッとベッドから起き上がる。
佐藤(俺はあの日、置き手紙ひとつで別れたから未練が残ってしまったのかもしれない。もう一度だけくるみと話をして、そして別れの言葉を告げしっかりと終わらせよう。――しかし、俺の声を聞けば気づかれてしまう――どうしたら――)









【翌日 集金の帰り道】
子ども達が可笑しな声を出して笑い合っている。その手には『声が変わるヘリウムガス』のスプレー。









佐藤は『声が変わるヘリウムガス』を5本購入した。
事務所にもどり机の上にそれらを並べ神妙な面持ちで座る。









事務所前の道にカカオとくるみの乗った車が停車する。
カカオ「くるみさん、先に行ってて。俺この先のカフェで美味しい鰹スープを買っていくから」
くるみ「私も行くわ」
カカオ「いいの、いいの、くるみさんはお客様なんだから!」
くるみ「ありがとう、じゃあ先に行ってます」








くるみが事務所に顔を出す。
くるみ「こんにちは」
佐藤は突然のくるみの登場に驚くが――








すかさずスプレーを口に噴射し
佐藤「やあ、こんにちは」と言いながらくるみを出迎える。
くるみ「あ、それ知っています! ヘリウムガスですよね。でもなぜ突然、うふふっ」佐藤の変声に笑いがこみ上げる。






佐藤は心の中で(くるみ……元気だったか?)と言いながら「くるみさん、お元気ですか?」と言う。
くるみ「はい、元気です!」
佐藤「(今幸せか?)今幸せですか?」
くるみ「はい、とても幸せです」
くるみの幸せそうな笑顔が眩しい佐藤。









佐藤(俺なしでどうやって生きていくのか心配でたまらなかったが……たくましく生きてくれたんだな。あの時、思いとどまって本当によかった……)今まで閉じ込めていた気持ちが思わず溢れ出す佐藤。






佐藤(ま、まずいぞ――涙が)と焦ったその時、何を思ったのかくるみも自分の口にスプレーを噴射し
「佐藤さんもお元気ですか?」と言う。






その声があまりに可笑しかったので二人同時に吹き出してしまう。
佐藤はどさくさに紛れ、あふれ出る涙をそのままに一緒に笑い続けた。







そこへカカオが部屋に戻ってくる。
カカオ「なにそんなに笑っているんですか?(笑)でもなんか打ち解けたようでよかった」と微笑む。






カカオ「あっ、ヘリウムガスか! 俺にもやらせてーー」と笑いの輪に加わる。






カカオとくるみが遊びに夢中になっている中、佐藤は最後の噴射をする。






佐藤はくるみを見る。
そして、くるみの幸せそうに笑う姿を目に焼き付け「さようなら(……くるみ)」と言う。






カカオ「あっ、佐藤さんお帰りですか? お疲れ様です!」
くるみも続けて「さようなら」と言う。その声が変声だったので二人はまた大爆笑する。
そんな2人に佐藤は手で合図し去ってゆく。






事務所を出た佐藤は空を見上げ深呼吸をする。
約束を破り債務者を逃した罰で、ここに骨を埋める契約をさせられた佐藤。もし途中で辞めるようなことがあれば抱える借金と同額の違約金を課すとの足枷をはめられた。しかし佐藤は再びくるみの前から姿を消すため、迷わず本社に向かい近々の退社と引越しの手配を整えた。






【3日後の休日 夕方 商店街】
佐藤「唐揚げ2つとカボチャの煮物をください」
そこへ偶然くるみが通りかかる。






くるみは佐藤がなんの総菜を買っているのか興味津々で、佐藤の背後にそっと近づく。







佐藤の肩がくるみのすぐ目の前にある。嗅ぐとはなしに匂いを嗅ぐ。
くるみ(――!クロさんと同じ匂いがする……)






くるみ「――佐藤さん⁉︎」と声をかける。
突然背後から声をかけられた佐藤はひどく驚き、手にしていた総菜が宙を舞う。






パックから飛び出したカボチャの煮物が背後の人の体を汚す。
佐藤「あっ! 申し訳ない!」と思わず謝罪の言葉が口から出る。
その佐藤の声を聞き、固まるくるみ。







振り向くと、なんと!くるみだった。
佐藤(――く、くるみ!)







佐藤(ま、まずいぞ――声を聞かれた)佐藤は咄嗟にくるみの前から逃げ出す。
くるみ(クロさんの声――匂いも――背の高さも……)







くるみは遠ざかる佐藤の背中を追いかける。そして泣き出しそうな声で言う。
くるみ「――クロさん?クロさんなのね? ――なぜ、なぜ顔が違うの?……」
佐藤は人目を避けるため、近くの公園に逃げ込む。






くるみはあまりの衝撃に「どうして、どうして……」と、泣きながら佐藤の胸を叩き続ける。
その前で佐藤はどうすることも出来ず立ち尽くす。






【くるみと待ち合わせのバス停】
カカオ「あれ〜? くるみさん遅いなー。約束の時間に遅れたことないのに……」






カカオ(もしや! 事件や事故に巻き込まれたのでは!)







カカオ(くるみさん、くるみさん……)必死でくるみを探し回るカカオ。






汗だくのカカオは、公園前の道路からくるみの後姿を見つける。
カカオ(あっ、いた!)







駆け寄ろうとしたカカオの足が止まる。くるみの前に佐藤が立っている。
カカオ(……えっ?)






カカオ「くるみさん!」くるみはカカオの声に驚き咄嗟に佐藤から離れる。
カカオ「くるみさん、どうしたんですか? 何があったんですか」






佐藤「――さっき道で会った時、俺がくるみさんに意地悪な冗談を言って怒らせてしまったんだ」
カカオ「――そうなの? くるみさん?」くるみは小さく頷く。







佐藤「くるみさん本当に申し訳なかった」と深々と頭を下げる。
カカオ「なんだー、そうだったのか。いつの間に喧嘩するほど仲良くなったんだー? ハハハ、なんか妬けちゃうな。くるみさん大丈夫だよ! 佐藤さんは時々口が悪くなるけど根はとっても優しい人なんだ、許してあげて」




カカオ「レストランの予約に遅れちゃう! くるみさん行こう! じゃあ佐藤さん、お先です!」
佐藤「――あ、ああ……」






佐藤(くるみに、バレてしまった……くるみ……あんなに泣いて……)






佐藤(……くるみ……)
佐藤はくるみを想いその場に立ちつくす。どっぷりと日が暮れる。

〜第4話につづく〜