第2話
カカオは部長に呼ばれる。
部長「今日からうちの部に配属になったコムギさんだ。カカオには今の仕事に加えコムギさんの教育係を頼む」
この任務をクリアすればカカオを一つ上のステップに引き上げる……とコソッと耳打ちされる。カカオ「了解しました!」
コムギ「どうぞよろしくお願いいたします!」
カカオ「こちらこそよろしく!じぁ、僕についてきてください」
コムギ「はい!」(かっこいい……コムギのタイプ……好きになっちゃいそう♡)
仕事の説明をするカカオの左手に輝くものを発見するコムギ(あっ、結婚指輪!……好きになってはいけない人だ……)
カカオ「コムギさん、こういう場合はこれを入力してから……」
コムギ(わっ!近い……カ、カカオさんがコムギのすぐ隣に……!)好きになっていいけないと思うほど、逆にカカオに惹かれてしまうコムギ。
カカオ「あれ?コムギさん、また同じ所を間違えてるな。ほらここは前も言ったけど……」
コムギ(素敵だし~♡カッコいいし~♡)すっかり恋に落ちてしまったコムギはすでに仕事どころではなくなっている。
くるみ「今日はカカオさんの誕生日!」 今日こそは必ず定時で帰ってくると約束してくれたカカオのために、朝から張り切って料理を作る。他の女性に心を移していたクロの時は、誕生日も遅くなると言って出かけて行った。それとは違う言動のカカオを見て、くるみは安心する。
夕方。豪華な食卓を前に笑い出すくるみ。「私ったら、たくさん作り過ぎちゃったわ(笑)。でも、きっとカカオさんが全部たいらげてくれるわね!」
カカオの驚き喜ぶ顔を想像し、久しぶりに楽しい気持ちでカカオの帰宅を心待ちにするくるみ。
カカオ(今日はパーティだ!定時で帰るぞ!)
カカオ「コムギさん、そろそろ終わりにしていいよ」
コムギ「はい、でももう少しなので終わらせてしまいます!」なぜかやる気を見せるコムギ。
カカオ「そ、そう……」カカオははやる気持ちを抑えつつ、コムギの仕事が終わるのを待つ。
コムギ「あれっ!最後が合わない!」
カカオ「ん?どうしたの?」
コムギ「も、もしかして私、最初から全部間違えて入力してたかも……」
カカオ「えっ?ええええ……⁉︎」
半べそをかいて謝るコムギ「私、私、……すみません、すみません……」
カカオが確認する「本当だ、最初から違ってるな。仕方ないコムギさん、2人で手分けして大至急やり直そう!」
コムギ「は、はい!」
2人で黙々と修正作業を続ける。ふとカカオが顔を上げるとすっかり日が暮れていた。
カカオ(えっ!?もうこんな時間!ま、まずい!くるみさんに連絡を入れてない!)
カカオは慌てて電話をかける。
カカオ「くるみさん、ごめん、仕事が長引いちゃって。あと……もう少しで帰れると思うんだけど……本当にごめん……」
くるみ「私は大丈夫よ、気にしないで。お仕事、頑張ってね」
電話を終え戻るとコムギが真っ青な顔をして固まっている。
カカオ「コ、コムギさん、どうかしたの?」
コムギ「あ、明日一緒に提出するデータと照らし合わせていたら、データが突然消えて……」
カカオ「ええっーーー!」
カカオは慌ててデータの復旧を試みたが……
カカオ「……ダメだ(終わった)」
明日の提出までに作り直さないと首が飛ぶ。落ち込んでいる暇はない。
カカオ「このデータは俺が作り直すから、コムギさんはさっきの修正作業を続けて!」
コムギ「はい!」二人は必死に作業をする。
1時間ほど経過した頃、コムギが席を立ったかと思うと豪華なお弁当を持って戻ってくる。
カカオ「……ん?なに?」
コムギ「実は今日……いつもお世話になっているカカオさんに食べてもらおうと、お弁当を持ってきていたのです」今日がカカオの誕生日と事前にチェックしていたコムギからのサプライズだ。
カカオ(今は優雅に食事なんかしてる場合じゃないんだけど……)
しかし、くるみの手料理を沢山たべようと気合を入れ昼食を抜いていたカカオ。心の声とは裏腹に目の前の弁当に目が釘付けになり、その匂いに腹と喉が鳴る。
コムギ「たくさん作ったので、遠慮しないで食べて下さい!」
後輩の気遣いを無下にもできないし、何よりまだまだ作業の終わりが見えない。
カカオ(腹が減っては戦は出来ぬ……)
空腹が限界に達したカカオは「ありがとう、じゃあ、いただきます!」とバクバク勢いよく食べる。
コムギ(たくさん食べてくれて……嬉しい♡)カカオの男らしい食べっぷりにキュンとする。
午前2時。
ぶっ通しのパソコン作業で凝り固まった体をほぐしながら会社を出るカカオ。
カカオ「一時はどうなることかと焦ったけど、なんとか目処が立ったな」(残りは明日早めに出社して、あれをやってから……)カカオは明日の仕事の段取りを考えながら帰宅する。
カカオが家に帰ると——くるみが暗い部屋の中で豪華な食事を前にボーッと座っている。
カカオはそこで初めて自分の失態に気づく。 カカオ(うわっ!俺、くるみさんにその後の連絡入れるの忘れてた!)
カカオは放心状態のくるみを抱きしめる。
カカオ「くるみさん、ごめん……俺、ごめん」罪悪感に押しつぶされるカカオ。カカオの帰宅に気づいたくるみは震えながら小さな声で呟く「カカオさん……もうこのまま帰ってこないのかと……私、また捨てられてしまったんだと……」
カカオ「俺は捨てたりしないよ……」(そうか……くるみさんは以前の恋愛の傷がまだ消えてなかったんだ——帰りの遅い俺のことを、毎晩そんな不安な気持ちで待ってたのか)カカオは心が痛むと同時に、くるみが働きたいと言い出した気持ちを理解する。
翌朝。
——コムギと仕事をしているうちは早い帰宅は期待できない。これ以上くるみを家に縛りつけ、不安な気持ちにさせてはおけない—— 一晩考えた末、カカオは観念する「くるみさん!くるみさんが働きたいなら好きにしていいよ。でも無理はしないでね!」
早速くるみは職探し始める。しかし正社員としては新卒時に半年間しか働いた経験のないくるみの職探しは難航する。
くるみ「えへへ……またまた落ちてしまった」
カカオ「大丈夫!くるみさんと縁のある会社が必ずあるよ!」何社落ち続けてもめげずに応募するくるみの様子に、いつしかカカオもくるみの就職を心から応援するようになる。
ようやく一通の合格通知が届く。半年間の無給の見習い後、適性をみて正社員の採用を決めるという条件付きだったが、くるみは嬉しさのあまりカカオに飛びつく「カカオさんが応援してくれたお陰よ!どうもありがとう!」カカオ「くるみさん、おめでとう!(本当に……本当によかったね)」目頭が熱くなるカカオ。
くるみは正社員を目指し、毎日楽しそうに働く。そんなくるみがカカオには輝いてみえる。
カカオ(よーし!俺もくるみさんに負けてられないぞ!コムギさんの教育係をとっとと済ませて出世街道を駆け上がるぞー!)
カカオ「コムギさん!今日から重要な仕事を教えるから頑張って覚えてね!」コムギ「はい!」
カカオがやる気を出して指導すればするほど、なぜかコムギはミスをする。
カカオ「コムギさん、また間違えてるな……」
コムギ(えへっ♡私がミスするとカカオさんといられる時間が増えるし~カカオさんのそばに1分でも長くいたいし~♡)コムギは仕事ではなく、変なことを学習してしまった。
午前1時。毎日、仕事の勉強をしながらカカオの帰りを待つくるみ。
カカオ「ただいま……(コムギさんのミスの多さはいったいどういうことだ……)」
くるみ「カカオさんお帰りなさい。大丈夫?なんだかとても疲れてるみたい……」
カカオ「ありがとう、でも大丈夫だよ、少し考え事があるだけなんだ……」
カカオの状況とは反対に、くるみの仕事は順調だった。就職後まもなく行われた従業員全員が参加できるアイデアコンクールでくるみの考えたデザインが高評価を得る。通例通りくるみのデザインが取引先に提出されると、その案が取引先で採用されることとなった。
デザイン発案者として上司に同行するくるみ。
上司「一昨年は掃除のおばちゃんのアイデアが評価されたんだ」くるみ「そうですか」上司「デザイン経験がない方が、私らが想像もつかないものが出る場合があるね。くるみさんの発想もなかなかいいよ。今から行く会社のコンセプトにピッタリだし、うまくすると形になるかもしれないよ」
上司「こんにちは。アーキテクトです」
取引先社員「お待ちしておりました!」
上司「ご要望のデザイン発案者のくるみさんを連れてきました。只今、見習中で不慣れですが、どうぞよろしくお願いいたします」
取引先社員「えっ、見習いなの?でしたらこのデザインのこともあるし、我が社で面倒をみさせてもらっても大丈夫ですか?」
上司「もちろんです!我が社にも有益なことです」取引先社員「最近、依頼が増えて人手不足で——くるみさんはうちで見習いとして働くのは大丈夫ですか?」くるみ「は、はい!大丈夫です!どうぞよろしくお願いいたします」
取引先社員「あっ、今ちょうど社長が戻ってきました!社長、例のデザインのアーキテクトさんがいらっしゃってます。デザインの発案者さんにも来てもらえました!」
くるみも振り返る。
お互いを見た瞬間、固まる2人。
佐藤はすぐに平静を取り戻し挨拶する。
佐藤「はじめまして、どうぞよろしくお願いします」
くるみ「は、はじめまして、どうぞよろしくお願いいたします……」(ク、クロさんがこの会社の社長って……いったいどういうこと?……)頭が真っ白になるくるみ。
打ち合わせが終わり、上司と帰っていくくるみの後ろ姿を窓から見つめる佐藤。
佐藤(3年前の再会後、くるみがカカオと結婚したことは風の噂で聞いた。その後この街に引っ越して来たのか……そして、今回採用したデザインがくるみのものだったなんて……こんな偶然があるとは……)
上司「あんな優秀な会社で勉強ができるなんてくるみさんは運がいいな!しっかり学んで来なさい」
くるみ「……はい」(クロさん……消費者金融の仕事を辞めて設計会社の社長になっていたなんて……偶然とはいえクロさんと仕事をすることになってしまったこと、カカオさんに話さないと……)
カカオは相変わらず毎日遅くまで帰ってこない。しかも日に日にげっそりしていく。
今日こそは言おうとするが、精魂尽きた顔で帰宅するカカオに言うタイミングがつかめない。
くるみ「……カカオさん……あの……」
カカオ「ああ、大丈夫心配ないよ、でもゴメン先に休むね……」
くるみ「そうね……お仕事なんだし、しかも見習い中の数カ月間だけのこと。現にクロさんは何事もなかったかのように他の社員さん同様に接してくれているのに……忙しいカカオさんにわざわざ余計な心配をかける必要はないわ。このまま言わずにいよう……」
くるみ(最初はクロさんの存在に緊張したけれど……今のクロさんを見ていると過去の出来事が本当にあったことなのか分からなくなる…… 3年前の再会のことも、6年前まで恋人同士だったことも……)
ユズ「くるみさんもこっちに来てこれ見てみなよ!笑っちゃうよ~」
数日後。顧客との会合にくるみも同席する。
ユズ「くるみさん、本当に悪いね。先方がどうしても発案者も連れて来てとうるさくて……」
くるみ「いえ、大丈夫です」
ソーダ「難しいことを聞かれたら俺に話をふれば大丈夫だからね」
くるみ「はい、ありがとうございます」
不満顔の佐藤(なんだって、あの社長は見習いにまで酒の席を強要するんだ?)
アルコールが入りいい気分になった顧客社長がくるみに近寄っていく「君があのデザインを考えたんだってね、いや〜素晴らしいな〜、今度、個人的に依頼したいから、あっちの静かな所に行って話をしようか……」くるみ「あ……いえ、私はまだそんな……」そんな二人の様子に気づく佐藤。
佐藤はそれとなく、くるみと社長の間に割って入る。佐藤「アオヤギさん、ちょっといいですか?少しご相談があるのですが……」 突然声をかけられ、くるみの背中に触れようとしていた手を慌てて引っ込める顧客社長。 佐藤「それと——くるみさん、ユズが呼んでいたよ。すぐに行ってあげてくれる?」 くるみ「あ、はい、わかりました!」
会合がお開きになり顧客が帰る。ユズとソーダは大酔っ払。2人を抱える佐藤。
くるみ「あの……お二人、大丈夫ですか?」
佐藤「ああ大丈夫だ、いつものことだ。今ここにタクシーがくるから先に乗って帰りなさい」
ソーダ「あ~ん、社長~大好き♡ねぇねぇ社長……」大声で佐藤に話しかける。
くるみ「いえ、私はバスで帰りますので大丈夫です……それでは、お先に失礼します」
ソーダ「社長~愛してる~一生ついていきます♡チューしちゃうぞ♡」
ユズ「ねぇねぇ社長!ね~社長~!社長!」佐藤の顔を突きまくる。
執拗にまとわりつく2人の攻撃をかわしながら、「いや、バス停まで暗くて危ないからタクシーで……」とくるみを振り返ると、すでにくるみは夜道をバス停に向け歩き出している。
佐藤「お!?おい、待て……危ないから……」と呼び止めようとしたその時――
暗がりの路地から二人組の男が出てきてくるみのすぐ後ろを歩く。ギョッとする佐藤。
ソーダ「社長〜〜♡」ユズ「俺たち3人なら天下をとれるぞ!日本一の設計会社を目指すぞ~!」佐藤に絡みつき好き勝手に騒ぐ2人。
1分後にタクシーが来る。佐藤は慌てて2人をタクシーに放り込むと、猛スピードでくるみの後を追う。
大通りに出たくるみは、ちょうど来たバスに乗り込む。汗だくの佐藤はバスに乗り込むくるみの姿を見る(ぶ、無事にバスに乗ったな……よかった……)大通りの手前でゼーゼーと息を切らせている佐藤を発見するくるみ「あれ?クロさん!?さっきまで店の前にいたはずなのに……いつの間に?瞬間移動!?」
佐藤(飲酒後の全力疾走はさすがにきついな……)くるみの無事を確認した佐藤は、安堵とともに全身の力が抜け落ちる。
くるみ(幻?似た人?……でもどうみてもクロさん……みたいけど……)目をパチクリさせているくるみを乗せたバスが佐藤の前を通過する。
バスの中で会合中の佐藤の行動を思い出す。
くるみ「クロさん……もしかして、私を助けてくれたのかな?」
(回想)佐藤に言われたとおりユズのもとに行くくるみ『ユズさん、何でしょうか?』 ユズ『ん?くるみさん、どうかしたの?』
くるみ『社長が、ユズさんが私を呼んでいると……』ユズ『ん?呼んでないけど……』
数日後。佐藤が打ち合わせから帰ってくる。
佐藤「ホイ!」と帰りがけに買ってきた差し入れをユズに渡す。
ユズ「うぉ!これ大行列しないと買えないヤツだ!大荷物なのにありがとうございます!」
ソーダ「やったー!ここのアイスめちゃウマなんだよなぁ~!」
ユズ「あれ?全部同じ味だ。しかも社長にしては珍しいチョイスだな(笑)」
佐藤「ああ、それしか売ってなかった……」 ソーダ「そんなことあるんだー!コーヒー味やパンプキン味もいいけど、たまにはこういうのもGOODね~♡」ユズが小声でくるみに言う「この時間で売り切れなんてことはないから、完全に女子向けチョイスだな。はい、くるみさん、どうぞ」
くるみ「ありがとうございます……」
手渡されたアイス【本物の🍓を超えるアイス】 くるみ(あ……いちご味……)
佐藤の気遣いにくるみの心が解けていく。
くるみ(3年前に再会した時――クロさんが黒猫から白猫に姿を変えていた事を知り——外見だけではなく内面もすっかり変わってしまったと、ひどく恨んだけれど……)
こうして毎日仕事で佐藤と接するうちに、昔付き合っていた頃の誠実で優しい人柄はなにひとつ変わっていないことを知る。
くるみ(そうよね……どんな人でも心変わりはするものよ。クロさんは自分の気持ちに正直に行動しただけだわ。他の女性に気持ちが移ってしまったのに、義務感や責任感のようなもので仕方なく一緒に居られても……そのほうが……嫌だったわ)
くるみ(……私だって、生涯クロさんだけを愛すると決めていたのに……何年かかってもクロさんを探し出すつもりだったのに……カカオさんの優しさに抗えず、心が動いてしまった。 この世の中には、自分の意志だけではどうにもならないことも……ある)そして、くるみの少しだけ残っていた佐藤へのわだかまりは完全に消滅する。
カカオの会社。
トイレの鏡の前で笑顔の練習をするカカオ。
カカオは一冊の本に出会った。 カカオ「そうだ、コムギさんがミスを連発するのは、俺の指導が厳し過ぎたのが原因だな……よし、明日からは笑顔で褒める作戦だ!」
カカオ「コムギさん、これで5回目だけど、もう一回最初から教えるから頑張って覚えようね」
コムギ(⁉︎……カカオさん?)突然、笑顔を見せ優しくなったカカオの変化に戸惑うコムギ。
コムギが友人にカカオの変化を話すと「それは絶対コムギのことが好きだよ!」「奥さんとは不仲に決まってる!」とそそのかされる。 カカオ「コムギさん、大丈夫!次頑張ろう!」
コムギ(私もカカオさんが好き!両想いなのに一緒になれないなんて、辛すぎる……)
~第3話につづく~