第1話
前作【ソーダ色のファーストキス】から約3年後。
カカオ(よし!5時だ!)
カカオ「部長、お先に失礼します!」
上司「カカオは入社してから3年間ずっと定時退社だな。出世する気は……ないかー」とため息をつく。
カカオ「そうだ!家に帰るのは少し遅くなっちゃうけど、くるみさんの大好きなケーキを買って帰ろう~♪」と街に出向く。
ケーキ屋を出ると、すぐ近くのビルの巨大テレビジョンが目に入る。
カカオ(えっ!?――さ、佐藤さん!?)
生放送テレビのインタビューを受ける佐藤。
記者「お父様の残した借金を完済した上に、会社を急成長させらせた秘訣はどんなところにあるとお考えでしょうか?」
佐藤「秘訣などありません。ただただ運がよかっただけです」
記者「将来の夢は、会社を拡大し建築物と自然が融合する緑豊かな世界を実現することと伺いましたが、
最後に、佐藤さんの個人的な夢はありますか?」
佐藤「個人的な夢?そうですね――幼い頃から遊び感覚で設計改良を繰り返してきた自社ビルの
ペントハウスで暮らすことですかね」
記者「本日は社長を含め3人という少人数にも関わらず、素晴らしい結果を次々とたたき出すことで
一躍有名になったノワール設計の代表取締役、佐藤さんにお話しを伺いました」
カカオはテレビ画面から目が離せない「佐藤さん……すごいな、社長になったんだ……」
カカオ帰り道。
カカオ(自社ビルにペントハウスか……佐藤さんならそのうち実現させるんだろうな……)
改めて佐藤に尊敬の念を抱きそうになる、が――3年前のくるみと佐藤の一件を想う。
カカオ(くるみさんをあれ程傷つけ捨てておいて……自分は成功者か!)カカオの拳に思わず力が入る。
カカオのアパート玄関前
カカオ(もし――くるみさんが佐藤さんと結婚してたら今頃くるみさんは社長夫人だったのか……)
自分の暮らしぶりを鑑みるカカオ。玄関前の天井から蜘蛛がぶらさがっている。
カカオ(……よく見ると、このアパート、なんか古くさいな……)
カカオ「ただいま!くるみさんの大好きなケーキを買ってきたよ〜!」
くるみ「カカオさんお帰りなさい!わぁ、嬉しい〜!!どうもありがとう」くるみの笑顔が溢れる。
食後にケーキを食べる。
カカオ「くるみさん!俺、くるみさんをペントハウスに住まわせてあげるよ!」
くるみ「えっ、ペント……?突然どうしたの?私はこのアパートが気に入っているし、ここがいいわ」
カカオ「いいの、いいの、遠慮しないで!俺、くるみさんにはもっと贅沢な暮らしをしてもらいたいんだ」
少し考えたくるみは「遠慮なんてしていないわ……あ~わかったわ!カカオさんがペントハウスに住みたいのね(笑)
いいわ、カカオさんが望むならそうしましょう!」と笑う。
カカオはペントハウスでくるみとリッチに過ごす生活を想像してニヤける。
くるみ『私、カカオさんと結婚してよかった。私、世界一幸せよ♡』
カカオ「よーーーし!ビルのてっぺん、ペントハウスを目指すぞ!」
猛烈なやる気が湧き起こるカカオ。
佐藤会社。
社員「社長!テレビ出演後、仕事依頼がひっきりなしですね!」
佐藤「ああ、嬉しい悲鳴だな。これから嵐の忙しさになるが、ここが踏ん張りどころだ。気を引き締めていこう」
社員「はい!」
仕事を終えた深夜の帰り道。
佐藤(3年間死にものぐるいで働き、ようやく会社を軌道に乗せることができたな)感慨深い佐藤。
ふと、真夜中に煌々と光るショーウィンドウが目に入る。ウエディングドレスが輝いている。
佐藤(ん?こんなことろにブライダルショップができたのか……)
佐藤はきなこを思う。3年前、互いに気持ちは伝えあった。
しかし、当時は莫大な借金があり、始めたばかりの仕事もどうなるかわからなかった。
付き合ってくれと言える状況ではなく、この3年間、俺がなんとか仕事をやり繰りして空けた
僅かな数日だけ、きなことデートらしきことをするという、あやふやな関係が続いている)
それというのも、佐藤には苦い経験があった。
くるみと付き合い始めた頃、会社を立ち上げたばかりで、早く軌道に乗せて結婚しようと必死に働いた。
そのため、彼女を遊びに連れて行くこともできず、片時も離れたくないという自分のわがままで、
彼女の貴重な青春を奪ってしまったのだ。同じ過ちは二度と繰り返したくなかった。
きなこはまだ若い。自分がかまってあげられない間も、気兼ねなく人生を楽しんでもらいたかった。
佐藤は借金の全額返済を果たし、さらに会社を軌道に乗せた時、もし、きなこがまだ自分を好いてくれていたなら、その時には正式にプロポーズをしようと決めていた。
佐藤自宅。
佐藤は前回のきなことのデートを思い出す。
佐藤「久しぶり。また3ヶ月ぶりになっちゃったな……元気だった?」
きなこ「はい!元気でした!私も資格の勉強をしたり忙しくしていたのであっという間でした!」
きなこは頻繁に会えないことを気にしている佐藤に対しいつも気遣う言葉をかけてくれる。
なかなか会えずとも不満を言うことなく、出会った頃と変わらない弾ける笑顔をみせてくれるきなこに対し
愛おしさが増していく佐藤「はい、お砂糖どうぞ」
きなこ「(真っ白な佐藤さんが真っ白いお砂糖を~キャー)あ、ありがとうございます♡」浮かれるきなこ。
佐藤(幸運にも、絶望的な額の借金完済を終え、予想よりも早く仕事が軌道に乗った。
肝心のきなこはまだ俺を好きでいてくれている様子。きなこは今年で25歳、結婚適齢期に入った……時は満ちた!)
興奮した佐藤は思わずガッツポーズとともにベッドから飛び起きる。
佐藤はきなこをデートに誘う。
佐藤「前回は仕事の都合で急にキャンセルして悪かったね。5ヶ月ぶりになっちゃったな。元気だった?」
きなこ「お、お久しぶりです……は、はい元気です……」
佐藤(ん……?久しぶりで緊張しているのかな?……)
佐藤と歩く時、きなことの間に一定の距離が空くことに気づく佐藤。
佐藤(……?)
カフェ。
佐藤「本当にケーキはいらないの?めずらしいな(笑)じゃあ、はい、お砂糖どうぞ……」
慌てて自分のカップを引くきなこ「だ、大丈夫です!じ、自分でやります!」
佐藤(ん……?)
いつもの笑顔がないきなこが気になりつつも、きなこに結婚の意志があるか確認しておきたい佐藤。
ちょうどブライダルショップを通りかかる。
佐藤(おっ、グッドタイミング!)佐藤「こんなところにブライダルショップがあるぞ」と、きなこに言ってみる。
すると、きなこは聞こえなかったふりをして慌てて反対方向に歩いていく。
佐藤(あ……避けたな……)
佐藤は思う(もしかして――きなこはまだ結婚したくないのかな?)
自宅。夜。
佐藤(いや、そんなはずはない。きなこの言動から結婚に憧れがあることは明らかだ。とすると俺との結婚が嫌なのか?……やはり30過ぎの男との結婚は無しか?……恋愛と結婚は別か?……いや、いや、それとも前回会った時に俺、なにか嫌われるようなことをしたのかも……)グルグル思考に陥る。
結局まんじりともせず夜が明けハッとする佐藤(ま、まずい――ただ湧いただけの思考を
まともに掴み真に受けてしまった。……俺としたことが、なにやってんだ)
佐藤(そうだ!大切なのは今、自分がどうしたいかだ!俺はきなこと結婚したい!
よし!ここは男らしく正々堂々とプロポーズをして、きなこの審判を受けよう!当たって砕けろだっ!)
激務が続いた一週間後。打ち合わせから戻ったタイミングでようやく僅かな時間ができる。
佐藤「悪いが私用で1時間程出かけてくる」
社員「了解です」
佐藤は大急ぎでジュエリーショップに向かう。
佐藤がジュエリーショップをめがけ全力疾走していると、街角できなこの姿を見かける。
佐藤(あれっ⁉︎きなこだ!こんなところで会うなんて奇遇だな!)
嬉しくなり声をかけようと、きなこに近づくと、きなこの隣に若い男がいる。
佐藤の足が止まる(――え!?)きなこは男に促され目の前の店に入っていく。
佐藤は街路樹の陰から店内の様子をうかがう。
二人が入った店は高級ブライダルショップで、男が選んだウエディングドレスをきなこが着ている。
先日会った時のきなこのよそよそしい態度が脳裏に浮かぶ。
佐藤(そ、そういうことか……あれは久しぶりで緊張していたのではなく……俺と会うのが気まずかったのか……)
佐藤(そうだ……仕事を優先して下さい――というきなこの言葉に甘え、この3年間、
時々の電話と近場で会うこと数回しかしてやれなかったんだ。他に男がいても……仕方ない……)
頭では理解できたが、気持ちが収まらない佐藤(くるみの前から再び姿を消す為に始めた仕事だったが、
その後、ここまで仕事に打ち込めたのは、間違いなくきなこの存在があったからだ……
きなこを――この手で幸せにしたいと思って俺は……)握り拳に爪が食い込む。
佐藤(あの男に……決闘を申し込もうか?勝てば――きなこの気持ちを取り戻せるかもしれない……)
佐藤(そうだ!決闘だ!俺なら勝てる!悪いが――今回は我を通させてもらう!)
佐藤は闘志を燃やし店に向い歩き出す。
店に近づくにつれ2人の表情がはっきりと見える。2人は楽しそうに笑い合っている。佐藤の足が止まる。
佐藤(もし今、俺が奴を倒したら――きなこが――悲しむな……)
佐藤は店内をじっと見つめる。
そこには――この前のデートではついに一度も見る事ができなかった――佐藤が守りたいと思っていた
きなこの弾ける笑顔があった。
佐藤(ああ……戦うまでもなく、俺の負けだな……そうだな、結婚はやはり若者同士がいいな……)
佐藤はキラキラと輝くきなこの笑顔を見つめる。佐藤(きなこ……幸せになれ……)
来た道を戻る佐藤。
佐藤(――テレビ出演の影響で想像以上に仕事が殺到している。
これからは今まで以上に忙しくなることが確実だ。
この状況で結婚したところで……きなこは寂しい思いをしただろう……そうだ、これでよかったんだ)
佐藤はこの現実の流れ全てを受けとめる。
佐藤「……どうやら今世の俺は……仕事と結婚のようだな……」と自嘲気味に言ってみる。
しばらく歩いていると、突然目の前の景色がぼやける。佐藤は立ち止まり、「……目にゴミが入ったな」と潤んだ瞳を上に向ける。
そこには澄み渡る青空と、悠々と形を変えながら流れてゆく雲々があった。
佐藤(――諸行無常だな……)
佐藤はきなこへの未練を体から離すように、ゆっくりと息を吐き出した。
カカオの会社。
カカオ「部長!俺、出世したいです!」
部長「な、何だ?! 突然どういう風の吹き回しだ?あっ!もしかして子供でもできたか⁉︎」
カカオ「子供はまだですが……俺、出世して社長になりたいんです!」
部長「その意気込みは立派だが、社長にまで登り詰めるには残業はもちろん休日返上で働くことが必須だぞ。愛妻家のカカオに出来るか?」
カカオ「はい!出来ます!どんな仕事でもお申し付けください!」
それからカカオは精力的に働く。
休日出勤、残業が続き、会社で夕食を済ませることが増える。夜7時過ぎ、カカオはくるみに電話をかける。
カカオ「くるみさん、ごめん!やっぱり今日も夕飯は会社で済ますよ。今日も徹夜になるかもだから先に寝ててね」
くるみ「はい……わかりました」今日は定時に帰れると言って出社したカカオのために、カカオの好物を作った夕食を見つめながら返事をする。
くるみにはトラウマがある。
心から愛する人の帰りが、ある日を境に遅くなる……そして、突然――自分の前から姿を消してしまう。
くるみ(……ううん、カカオさんはクロさんとは違うわ……他に好きな女の人ができて、
その人と過ごしているなんてことはないわ、大丈夫、大丈夫よ)と自分に言い聞かせながら不安な日々をひとり耐えるくるみ。
翌日。買い物の帰り道。
働いている女性の姿があちこちで目に入る。くるみには、そんな女性達がとても輝いて見える。
くるみは閃く(クロさんが好きになったのは――取引先の女性と言ってた……
きっとこんな風に輝いてる素敵な人だったに違いないわ。それにひきかえ、私は家にいるばかりのつまらない女だから飽きられてしまったんだ。
このままではカカオさんにも捨てられてしまう――そうだわ!私も働きに出で魅力的な女性になろう!)
その日の夜。
くるみ「カカオさん、私も働きに出るわ!」
カカオ「えっ!?ダメだよ。俺、くるみさんには家にいて欲しいんだ」
くるみ「でも日中家にいてもあまりやることがないの――仕事をしても家事も頑張るわ。
私が働けばペントハウスに住む夢の実現が早まるし、それに・・・」あれこれ理由を並べ、働きに出ることを承諾してもらおうと頑張るくるみ。
カカオ「ペントハウスは俺からくるみさんへのプレゼントなんだ。
だからくるみさんが働こうとなんかしなくてもいいんだ!全部俺に任せて!ごめん、俺、風呂に入っちゃうね」と足早に立ち去る。
くるみ(あ……)カカオの嫌がる様子に、それ以上の言葉を出せなくなる。
風呂。
カカオ「くるみさん……ごめん。でも俺、仕事とはいえ、くるみさんが外で俺以外の男と
話したりするのは嫌なんだ。――って俺、いつからこんな束縛の強い小さい男になっちまったんだ……?」
佐藤の顔が浮かぶ。
カカオ「いや、俺はくるみさんを傷つける全てのものから、くるみさんを守りたいだけだ!
小さい男なんかじゃないさ!」
脳裏に浮かぶ佐藤の顔めがけ湯船のお湯をピシャリとかけるカカオ。
カカオ「それにしても――なぜ急に自分も働くなんて言い出したんだろう?
――さては、くるみさん、早くペントハウスに住みたいんだな!よーし!とっとと社長になって、大金持ちになって、くるみさんにペントハウスをプレゼントするぞーー!」数週間休まず働き続け疲れた体に、再び満タンのガソリンが入るカカオ。